大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成4年(ワ)5763号 判決 1993年2月02日

原告

甲野二郎

右法定代理人親権者父

甲野一郎

同母

甲野春子

右訴訟代理人弁護士

近藤博

山本七治

被告

学校法人暁星学園

右代表者理事

深堀英二

右訴訟代理人弁護士

井上壽男

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一原告が被告の設置する暁星中学校の中学一年生の地位にあることを確認する。

二被告は、原告に対し、六〇〇万円及びこれに対する平成四年四月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一本件は、被告の設置する暁星小学校から暁星中学校への進学について不合格の通知を受けた原告が、右通知による進学拒否の処置の無効を主張し、暁星中学校の一年生の地位にあることの確認と、右進学拒否につき不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)を請求している事案である。

二当事者間に争いのない事実

1  原告は、昭和五九年四月暁星学園幼稚園に入学し、二年間の保育を受けて昭和六一年三月同幼稚園を卒業した。

原告は昭和六一年四月暁星小学校に入学し、平成三年一二月当時同小学校六年生に在学しており、平成四年三月同小学校を卒業する見込みであった。

2  被告は、カトリック教会・マリア教会を母体とするキリスト教を建学の精神としている学校法人であり、暁星学園幼稚園、暁星小学校、暁星中学校及び暁星高等学校を設置している。

被告は、幼稚園より、フランス語、宗教、特別教育活動等の教科内容を取り入れたカリキュラムを組み、学校行事に典礼、ミサ等宗教的な行事を行うといった特色を有している。

3  原告は、暁星中学校への進学不合格の通知書を平成三年一二月六日ころ受け取った。

三原告の主張(本件の争点)

1  原告は、昭和五八年一一月二八日暁星学園幼稚園への入園を許可されたことにより、被告との間で次の内容の在学契約を締結した。

すなわち、被告が設置する各学校を終了した者のうち品行、学業成績ともに相当と認められた者、具体的には、(1)性行不良で改善の見込みがない者、(2)学力劣等で成業の見込がない者、(3)正当の理由なく出席常でない者、(4)学校の秩序に反しその他児童生徒としての本分に反した者等に該当しない者は、被告の上級の学校に入学が許可される旨の契約である。

2  原告は、右のいずれの事由にも該当しないのであるから、上級の学校である暁星中学校への入学が許可されるべきところ、被告人は入学許可についての裁量権の範囲を逸脱し、恣意的に原告の暁星中学校への進学を拒否したものである。

3  被告は、暁星小学校から暁星中学校へ進学する際の学力判定の基準及び具体的な手続等を同小学校入学前に児童及びその父母に公表し、熟知されるべきところ、実際には小学校六年生時の保護者会で初めて簡単な説明を行っただけで、右の基準、手続等の説明を欠いており、被告の行った進学拒否の処置は手続的にみても無効である。

第三争点に対する判断

一争点1(原告主張の在学契約が締結されたか)について

1  証拠(<書証番号略>)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 被告は、幼稚園、小学校、中学校及び高等学校と一貫した教育をうたっているが、その内容とするところは、通常は高校の過程とされているものの一部を中学校で実施する等、各学校での教育が上級の学校における教育の基礎となるように配慮したカリキュラムを採用しているというものである。

(二) 暁星小学校と暁星中学校は、平成三年一二月当時同一人(被告代表者でもある深堀英二)を校長としていたが、それぞれ別個の学則を有し、入学案内書も小学校と中学及び高校とでは別の冊子になっている。

(三) 暁星小学校学則第二三条によれば、同校修了生で品行、学業成績ともに相当と認められた者は、暁星中学校に入学を許可されると規定されており、暁星中学校学則第一一条によれば、入学希望者に対しては選考の上入学を許可すると規定されている。

暁星中学校に入学を許可された者が入学の手続を行う場合には、平成四年度の例では入学金四〇万円及び施設設備資金一〇万円の合計五〇万円を納入する必要があり、暁星中学校は右の金額の納入を確認した後入学許可書、入学証明書(市・区教育委員会に提出するもの)等の書類を交付することになっている。

なお、暁星学園幼稚園、暁星小学校及び暁星高等学校でもおおむね右と同様の入学手続が採られている。

2 以上認定の事実によれば、被告の設置する暁星学園幼稚園、暁星小学校、暁星中学校及び暁星高等学校は一貫教育を行ってはいるものの、上級学校に進学するためにはその度に当該学校に入学を許可されることが必要であって、暁星学園幼稚園に入園を許可された者が上級の学校に進学し結果的に暁星高等学校を卒業したとしても、それはその者が各学校により入学を許可されたことの効果によるものと認めるのが相当である。

右によれば、原告が被告との間で前記第二の三1記載の在学契約を締結した事実を認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

二争点2(原告を不合格としたことについて裁量権の逸脱が認められるか)について

1  証拠(<書証番号略>)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 暁星中学校では、昭和四七年度以来暁星小学校からの進学希望者に対し、中学校進学試験を実施している。

右進学試験は、国語、算数、理科及び社会の四科目(昭和五九年度までは国語及び算数の二科目)につき進学の前年の一二月初めころに行われ、各科目一〇〇点の四〇〇点満点である。

進学試験とは別に小学校六年一学期及び二学期の内申成績(国語、算数、理科及び社会の四科目は四回の中間試験及び期末試験の成績の平均点、音楽、図工及び体育の三科目については実技、技能試験あるいは提出物の採点の総合評価)が算出され(各科目一〇〇点の七〇〇点満点)、両者を総合して中学校での授業に耐え得るか否かの観点から、合否が判定される仕組みになっている。

(二) 原告が受験した平成四年度における具体的な合否の判定基準は以下のとおりである。

(1) 進学試験は、平均点を各科目六〇点から七〇点の間に設定するようにし、進学後に必要な学力の最低は原則として四五点から五〇点とする。

(2) 内申成績は、国語、算数、理科及び社会の四科目については、平均点が八〇点の少し上になるように設定し、得点が七〇点未満の場合には、中学進学後に必要な基礎学力が不足しているものと考える。

また、音楽、図工及び体育の三科目については、七〇点から一〇〇点の間で成績を出し、中学進学後の学習についていけないと思われる児童には七〇点未満の点数を付けることにしている。

(3) 最終的には、(1)と(2)の合計一一〇〇点満点の成績、生活態度、中学校の教育課程への適正等を総合的に判断し、暁星小学校及び暁星中学校の代表(各一二名)と議長(小学校校長兼中学校校長)からなる小・中合同判定会において合否の判定を下す。

なお、進学試験を病気、事故で欠席した者については、小学校の内申成績で判定する。この場合には医師の診断書等を提出するとされている。

(三) 原告の中学進学試験及び小学校内申の成績は次のとおりである(カッコ内は学年平均点)。

(1) 中学進学試験

国語 二九点(五七点)

社会 一七点(六二点)

算数 四二点(五九点)

理科 五六点(六九点)

合計 一四四点(二四七点)

(2) 小学校内申

国語 六二点(八二点)

社会 五八点(八七点)

算数 五一点(八一点)

理科 六九点(八七点)

音楽 七九点(八八点)

図工 七八点(八一点)

体育 六〇点(八〇点)

(3) 合計得点 四五七点(五八六点)

なお、平成四年度の中学進学試験及び小学校内申の全体の成績は、別紙のとおりである。

(四) 原告の成績をみると、国語、社会、算数、理科及び体育の五科目で前記(二)(2)の内申の最低基準に達しておらず、中学進学試験の成績についても、各科目とも平均点を大きく下回っている。さらに、進学試験と内申の成績の合計点の順位も受験者(ただし、病気で進学試験を受験しなかった一名を除く)一二七名中一二六位である。

暁星小学校と暁星中学校の合同判定会は、以上の事情から原告は暁星中学校が求めている進学基準に達していないと判断し、原告の進学を不合格と判定した。

(五) 右合同判定会においては、合計得点七四〇点で順位が一二七名中一一一位以下の者が審議の対象となり、合計得点七一八点で順位が一二一位の者までが合格と判定され、合計得点七〇六点で順位が一二二位の者以下が不合格と判定された。

なお、病気のため中学進学試験を受験しなかった一名の者は、内申の成績だけで進学許否の判定を受け、合格とされた。

2 右に認定の事実によれば、被告は主として進学試験と内申の成績という客観的な資料に基づき、暁星中学校での授業に耐えられるかとの観点から慎重な判断を経た上で原告を不合格と判定したものであるから、特段の事情のない限り、右の判定について裁量権の逸脱は認められないものというべきである。

3 原告は、内申成績が七〇点に達しない者や進学試験の成績が四五点に達しない者が多数入学を許可されていること、進学試験を受験しなかった者が内申成績だけで進学を許可されていることから、被告による暁星中学校への進学許否の判定は合理性を欠き、裁量権を逸脱していると主張する。

なるほど、内申成績が七〇点に達しない科目がありながら合格(進学許可のこと)した者、進学試験で四五点に達しない科目が複数あるのに合格した者がいることは原告指摘のとおりである。例えば、順位が一二一位の者は、算数(六五点)、図工(六八点)及び体育(六四点)の三科目で内申成績が七〇点を下回っている。また、順位が一一一位の者は、国語(二八点)、算数(四一点)の二科目で進学試験の成績が四五点を下回っている。

しかし、これらの者も進学試験と内申の成績を総合すれば、いずれも原告より成績は上位に位置するものであり、内申の到達目標点四九〇点(各科目七〇点の七科目の合計)は優に超えているのである(原告の内申成績の合計は四五七点である)。

さらに、進学試験を受験しなかった者については、前記1(二)(3)記載の規定に従い、内申成績により進学の判定をしたものであり、しかも右児童の内申の合計点は五九八点と到達目標点を一〇〇点以上も上回っている。

以上検討したところによれば、被告に明白な裁量権の逸脱があったとは認めることはできず、原告の主張は採用できない。

三争点3(手続的な瑕疵の有無)について

1  証拠(<書証番号略>)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 暁星中学校では、昭和四七年度以来進学試験を基礎とする進学許否制度を実施している。そして、原告が受験した平成四年度からさかのぼる最近の五年間をみても、昭和六二年度一〇名、昭和六三年度五名、平成元年度六名、平成二年度八名、平成三年度八名と、毎年不合格者が出ている。

(二) 暁星小学校では、五年生からは、各学期に一、二回の個人面談の機会を持ち、家庭での学習についての指導、性格や生活態度の問題点についての学校と家庭の協力関係について話し合いを行っている。特に、成績不振者の保護者には、試験の前後に個人面談の機会を多く持つようにしている。原告の場合には、担任の教諭が平成二年一二月一四日、同三年三月一五日(五年生時)、同年四月一二日、同年七月中旬ころ、同年一一月一一日(六年生時)に原告の保護者と面接し、指導助言をしている。

(三) 暁星小学校は、平成三年四月一九日保護者会の後、小学校六年生の保護者を対象に中学進学に関する説明会を開き、中学進学の判定に関する現状や判定の基準等について説明を行い、その際、内申成績の対象となる一・二学期の中間・期末試験では目安となる七〇点以上を取るよう努力させることを呼び掛けた。

2 以上認定の事実によれば、被告は、暁星小学校に在学する児童の保護者に対し、遅くとも小学校六年生時には合否判定の基準を含む進学許否制度の内容を告知していたものと認められる。

原告は、進学許否制度の内容は暁星小学校入学前に児童、保護者に公表し、熟知させる必要がある旨主張する。

しかし、前示一の契約関係の下においては、進学許否制度は、それが各年次の児童に公平なものである限り、その内容をどのように定め、かつ、いかなる時期にどのような方法で児童、保護者らに告知するかは専ら被告の教育的裁量に属する事項であり、原告の主張するように暁星小学校入学前に公表し、熟知させるべき義務があったものということはできない。

四以上の次第であるから、原告の暁星中学校への進学を不合格とした被告の処置には、裁量権の逸脱及び手続的な瑕疵のいずれも認めることができないから、右処置の無効又は違法不当を前提とする原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官石川善則 裁判官春日通良 裁判官和久田道雄)

別紙中学進学試験成績一覧表<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例